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04.02.2022
Time icon 12 min

落語家・立川志の春さんインタビュー

Table of contents

英語を学ぶことで身についた、多様な視点を大切に

落語家・立川志の春さんは、小学生時代をニューヨークで過ごした帰国子女です。帰国後も英語を学び続け、高校卒業後はアメリカのイェール大学へ進学しました。卒業後は英語力を活かして商社に就職するのですが、あるとき、立川志の輔師匠の公演を観たことから落語に魅了され、会社を辞めて入門します。前座修行中は英語に触れる機会も少なかったのですが、二つ目昇進以降は、古典落語、新作落語に加えて英語落語も演じるようになります。そんな志の春さんに、アメリカ時代のエピソードや英語スキルを身につけることの大切さについてお聞きしました。

小学生のときに気づいた、自分の意見を主張する大切さ

志の春さんは小学2年生のころ、家族とともにニューヨークに引っ越しします。現地の小学校に転校して学ぶことになったのですが、その際、担任の先生の方針で、毎日クラスメイト一人が交代で志の春さんに英語の個人レッスンをする役割を担うことになりました。

「毎日一人が英語を話せない私の担当になってくれました。クラスは全員で30名ほどでしたので、3回転して3ヶ月ほど経つと、なんとなくみんなが何を話しているか分かるようになってきました。その過程でクラスメイトたちと友達になれ、学校にもスムーズに溶け込めました。担任の先生には感謝しています」

ところがある日、担任の先生が休みで、代理の先生がクラスを担当した際に事件が起きます。クラスメイトの1人の手袋がなくなる騒ぎがあり、同じ色の手袋をしていた志の春さんが疑われたのです。代理の先生から「あなたが盗ったのですか?」と聞かれたとき、まだ英語力が不十分だったため「僕は盗ってません」という言葉を返すことができませんでした。

「結局手袋は、無くした子のポケットの中から出てきたんですが、普段からの関係性がない相手には『僕が盗るわけはないのを信じて』という気持ちが伝わらないことを感じました。『自分の身を守るためには、自分でちゃんと主張できなければならない』と、子供ながらに痛感しました」

この経験から、たとえうまく言えなくても言いたいことを必死に伝えることが大事なのだと思うようになりました。もともと少し内気だった性格が、積極的に自己主張をするように変化していったのです。

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日本を強みにすることで、自分のアイデンティティを確立

ニューヨークで3年半過ごし、小学校を卒業する頃に帰国した志の春さんは、中学・高校時代を千葉県で過ごします。帰国子女がたくさんいる学校だったので英語の特別授業が受けられ、外国人教師たちとの対話を通じて英語のスキルを維持していました。そして、進学先としてアメリカの大学を希望するようになります。

「世界中から学生たちが集まって寮生活をするような環境で四年間を過ごしたいと思いました。日本の受験とは違って、SATやTOEFLといった統一試験の点数に加え、高校の成績や課外活動、エッセイや先生・友達からの推薦状を含めて合否が判定されます。とにかくアメリカに行きたかったので、9校受験しました」

そんな中、晴れてイェール大学に合格した志の春さんでしたが、そこには、「バイオリンのコンクールで全米2位、なおかつ天才的なコンピュータープログラマー」「熱心に地域教育のボランティアをしつつ、100メートルを10秒台で走る陸上とアメフトの二刀流」など、複数の分野で活躍をする学生がたくさんいました。自分の武器は何か?ということを考えた時に志の春さんは、「少なくとも日本のことは誰よりも知っていなくてはならない」と、自分なりのアイデンティティを確立していきます。

「たとえば、中国史を勉強していても、アメリカ人学生とのディスカッションで日本人としての視点を伝えると、彼らにとって新たな知見になります。圧倒的な才能を持たない自分にとって、他とは異なる視点を持つということ、視野を広げることが武器になると考えるようになりました」

ちなみに志の春さんは大学時代にラグビー部に所属しており、欧州、南米、アジア、様々な地域出身のチームメイトとのサインプレー時の合図には、相手にチームに悟られないよう日本語を使っていたそうです。

さて、大学ではディベートなど議論をする場面も多いです。帰国子女で英語に親しんでいた志の春さんでも、みんなの話すスピードについていけず、最初のころは言い淀むことがあったといいます。しかし、綺麗に話すよりも意見を伝えることに主眼を置いて話すよう考えを改め、ディベートでもきちんと議論できるようになっていきました。

「たとえ完璧な英語でなかったとしても、主張に一理あれば皆はリスペクトしてくれます。2年目くらいからは英語の発音や文法よりも、自分ならではのオリジナルな発言することを重視するようになりました。小学校のときに体験した自己主張の大切さを大学でも改めて気付かされて、ブーストがかかりましたね」

アメリカで世界中の優秀な人材と学びながら日本を強く意識するようになった志の春さん、卒業後の進路は、日本から世界を相手に仕事が出来る環境という観点で選んだ三井物産に就職します。入社後は、鉄鉱石を扱う部門に配属となり、オーストラリアのサプライヤーと日常的にやりとりをする中で、大学時代に培った英語のスキルは役立ったといいます。会社での仕事にやりがいを感じていたものの、ある日、現在の師匠である立川志の輔さんの公演を観たことで衝撃を受け、しだいに落語に対する思いが強まっていきます。

落語家として歩むことを決心。修行に専念するべく英語を封印

入門後の前座修行時代はまだ一人前の落語家とは認められず、師匠の身の回りのお世話やカバン持ち、運転手などを務めつつ、しっかりと古典落語の基礎を身につける期間です。しかしある日、師匠が出演する英語落語会で前座として英語で落語を一席演じたところ、日本語の落語よりも大きな反響を得たといいます。

「ウケたのは嬉しかったのですが、落語の基礎的な技法を身につける段階においては妨げになる恐れがありましたので、前座時代は英語を封印しました。ただ、アメリカで身につけた自己主張まではなかなか封印できず、周りに対する配慮や忖度が必要不可欠な前座時代は、しくじりの連続でした(笑)」

それでも8年あまりの前座修行を終え二つ目に昇進すると、落語家としての自己主張が必要になってきます。古典落語、自身で創作する新作落語に加え、英語落語を披露する機会も訪れます。シンガポールで開催される「Singapore International Storytelling Festival」に、日本の話芸代表として招待されたのです。

「英語に翻訳した落語は、魅力が半減するかもしれないと思ったのですが、そんなことはまったくありませんでした。海外のお客様は笑う、泣く、という感情表現が豊かで、日本のお客様よりもリアクションが格段に大きいんです。古典落語というのは、江戸時代や明治時代に多く生まれていますが、現代の海外の人でも共感できるものだというのがわかりましたので、それ以降いろんなところでやるようになりました」

人間のおかしさや弱さを描く古典落語のストーリーは、万国共通で理解されるエンターテインメントであることを実感したとのことです。志の春さんはシンガポールでの公演を定期的に行い、アメリカやマレーシア、台湾、中国でも講演を行い、現在は自身のYouTubeチャンネルでも英語落語を公開しています。

英語を学ぶと、多様な視点を身につけられる。ためらわずに失敗して学ぼう

英語落語の活動にも力を入れるようになりましたが、あくまでもベースとなる日本語の落語を「本丸」として活動し、2020年4月には真打に昇進します。小学生の頃にアメリカに渡った少年は英語を学びながら成長し、日本の古典芸能の伝承者となりました。志の春さんの人生において、英語は多様な視点を与えてくれる糧となり、それが現在の活動に活かされているといいます。

「例えば、『面白い話をしてよ』と言われたときに、日本語だと、ウケる話を考えなきゃいけないなと思いますね。英語の『面白い』は、『funny(楽しい)』もあれば、『interesting(興味深い)』、『witty(機知に富んだ)』もあります。逆に、日本語のほうが豊かな表現もあります。そうすると、どちらの方向にも広がっていけるんです」

日本では生活の中で英語を使う機会がほとんどないので英語の学習をすることはなかなか難しいかもしれません。ただ、やはり発音などの基礎は若いうちから学べば身に付きやすいでしょう。学習を継続していくために、志の春さんは学んだことを積極的に実践していくことでモチベーションを高めることができるとアドバイスをしてくれました。

「小学生時代、両親とワシントンに旅行に行った際にリンゴを売っているおじさんに『Can I have an apple?(りんごをちょうだい)』と言ってみました。はじめてクラスメイト以外の人に英語で声をかけ、それが伝わったときはめちゃくちゃ嬉しかったのを今でも覚えています。NOVAKIDのようなオンラインスクールで学んだことも、実生活で使ってみると更なるモチベーションにつながると思います。私が都内でやっている英語落語会には海外出身の人がいらっしゃいますので、落語を聴いて一緒に笑うというのも一つの経験かもしれません」

最後に志の春さんに好きな英語のフレーズを聞くと、2つ挙げてくれました。

「1つは、Apple創業者のスティーブ・ジョブスが残した「Stay hungry, stay foolish.」現状に甘んじるな、常識に囚われるな、そうすれば前に進んでいけるということです。もう1つは、落語という芸のスピリットでもある『The greatest teacher, failure is.』です。これは、失敗は偉大な先生であるという意味で、かの有名なヨーダ(映画「スター・ウォーズ」のキャラクター)が残した言葉です。『失敗は成功のもと』とも言われますが、語学の勉強はまさにこれです。完璧に話さないといけないと考えるとなかなか発言できませんが『外国語なんだから間違えて当たり前。どんどん思ったことを言っていけばいいんだ』と背中を押してくれる言葉です」

失敗しても気にせず、それを成長の糧にして前に進むことは重要です。アメリカ時代から、たとえ「しくじりの連続」だったとしても、それを自身の成長につなげてきた志の春さん。真打昇進のお披露目イベントもコロナ禍でお預けとなっていますが、代わりにオンラインでの活動にも注力するなど、新たなチャレンジをされています。より多くの人に落語を楽しんでもらいたいと願うその想いは、必ず広がっていくでしょう。

立川志の春(たてかわ しのはる)

落語家。立川志の輔の3番弟子で、古典落語、新作落語、英語落語を演じる。大学や企業での落語を交えた講演も行う。1976年大阪府豊中市出身。千葉県柏市で育ち、幼少時と、イェール大学時代の計7年間を米国で過ごし、大学を卒業後は三井物産に就職。その後2002年10月に入門し、2011年1月二つ目昇進。2012年シンガポールにて Singapore International Storytelling Festival に参加して英語落語を披露。2013年10月 NHK 新人演芸大賞<落語部門>本選出場。2013年度 「にっかん飛切落語会」奨励賞受賞。2020年1月 自身の創作「阪田三吉物語」が明治座・三山ひろし特別公演原案に採用され、自身も出演。2020年4月に真打昇進。

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